旧 其の拾 安渓:鉄観音茶の故郷

爺はの、実は鉄観音が大好きだったんじゃ。でも最近上海や広州で美味しいと言われて飲む鉄観音は、青臭くてどうも口に合わないんじゃよ。まあ、愚痴をこぼしてばかりもしょうがないと思っての、この春、久しぶりに婆さんと一緒に鉄観音の故郷、福建省の安渓を訪れてみたんじゃ。(2005年5月2日—7日)
安渓は厦門(アモイ)という街から入るんじゃが、この厦門がお茶にとってはとても大切な街なんじゃ。

世界のお茶をあらわす名詞は、CHAとTEAとの2つにわかれるんじゃよ。16世紀・17世紀ヨーロッパと繋がる中国の港はの福建省の厦門と広東省の香港・澳門(マカオ)でな、そこからお茶も世界各地に伝わったんじゃ。

厦門ではお茶は福建語でTEと呼び、香港や澳門では広東語でCHAなんじゃぞ。厦門からTEとして伝わったのがオランダ(THEE)・イギリス(TEA)・フランス(THE)・スウエーデン(TE)、香港・澳門からCHAとして伝わったのがポルトガル(CHA)・インド(CHAI)・ロシア(CHAI)・トルコ(CHAI)・アラビア(SHAI)などなんじゃ。当時の世界地図が眼に浮かぶじゃろ。

福建省は武夷岩茶と安渓鉄観音に代表される烏龍茶の大産地での、いまでも厦門はその積出港として大いに賑わっておるんじゃよ。

さてと、厦門から安渓までは車で2時間ほどでの、安渓茶都というお茶の自由市場に行ったんじゃが、これは実にたまげたわ。500軒ほどの小さな店が軒を列ねておるんじゃが、なにしろ体育館みたいな大きな建物の中に、茶農が自分のところで採れたお茶を、麻袋やビニール袋に入れて抱えてびっしりと座り込んで売っておるんじゃよ。

みな農民そのものといった感じの男供での、細い通りの両端にびっしりと連なって、70cm四方が自分の場所といった感じじゃよ。

何百人おったんかの。さすがの爺も鉄観音の強烈な香りとその異様な光景と熱気に、先ずは圧倒されてしもうたわ。

店の前では、こちらは華やかなんじゃが、女達が総出でお茶葉を大きなざるに入れて茎やごみを取ったり、袋詰をしたりと、街をあげてこの時期の鉄観音の生産に大忙しじゃよ。

そんな茶都にある、広州の茶飲み友達に紹介された、黄先生のやっておる店をお訊ねしたんじゃ。黄先生はやはり無農薬を貫いている農民での、もう何度も品評会でも優勝している鉄観音作りの名人なんじゃよ。先ず今年のお茶の出来はと訊ねると、台湾と同じで3月に雪が降ったり天候不順で極めて厳しいんじゃそうな。

茶葉というのは、お爺ちゃんの茶葉、お父さんの茶葉、子供の茶葉そして孫の茶葉と新芽が順繰りに生まれていくんじゃが、例えばお父さんの茶葉が天候不順で巧く育たないとの、子供や孫に大いに影響するんじゃよ。だからの、3月の雪は春茶の出来に暗雲をもたらしたんじゃ。

そこで、「最近の鉄観音が青臭くての」という話しをしたら、それは流行でどうしようもないんじゃと。業者が「出来たて新鮮」を売り物にしておるから、最後の火炒り(焙焙)をしっかりすると、茶葉がどうしても茶色くなって売れないんじゃと。

まあ、確かに緑茶に慣れ親しんでいる多くの中国人には、青々とした烏龍茶の方が売りやすいのかもしれんの。そんな話しをしながら、先生のお茶を飲ませていただいたんじゃが、やはりなかなかのものでな、旨いんじゃよ。昨年の品評会に入賞した秋茶とのことじゃったが味と香りのバランスが実に匠なんじゃ。でも値段を聞くとやはりかなり立派での・・・。

中国人のブランド思考は毎年強くなってきて、どの地域の銘茶でも同じ傾向なんじゃが、特に品評会に入賞したお茶の価格は毎年うなぎ登りなんじゃそうな。鉄観音も昨年の金賞受賞茶は、100g12万香港ドル(約150万円)で落札されたとか。本当に困ったもんじゃの。

また安渓の鉄観音には必ず「鉄観音王」が登場するんじゃが、「鉄観音」と「鉄観音王」の違いも微妙じゃわい。お茶関係者の多くは「鉄観音」の良いもの(高級品)を「鉄観音王」と呼んで済ませているんじゃが、黄先生は「鉄観音王」は三年くらいまでの若い茶木で作ったお茶で、「鉄観音」茶は5年以上の古い茶木から作るんじゃよとはっきりおっしゃっておった。どこのお国でも名人は頑固で自信があってと、よく似ておるわい。

翌日、厦門に戻って茶館巡りをしようということになったんじゃが、これは裏切られたんじゃ。厦門は古い街だし、昔からお茶で有名な場所なんで、さぞかしロマンチックな茶館があるじゃろと思って期待していたんじゃが、どこもかしこも雀荘なんじゃよ。確かに入口には「18歳未満入場禁止」とあるんでおかしいとは思っておったんじゃが、博打場なんじゃな。

看板は「古道茶館」とあっても、メニューには酒も煙草もあっての、風流にお茶を楽しむ雰囲気とはかけ離れておるんじゃよ。それで、3軒ほどで茶館巡りはあきらめかけたとき、最後に偶然入ったお茶屋で素晴しい「鉄観音王」と出会ったんじゃよ。爺がその昔、心から旨いと感じたあの「鉄観音」の味と香りはきっとこうだったなと、一杯のお茶がえらく嬉しい気持ちにさせてくれたんじゃよ。このお茶と出会い、再びあの豊かな時間に帰れただけでも、わざわざ厦門まで来た価値があったとな。旅とはほんに、良いもんじゃ。

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